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自分とはなにか

自分を探す旅はどこまでも続く

[自分とは] ブログ村キーワード

前記事:自分探しの旅

この記事は、前記事にて軽く触れさせていただいた自分探しの旅についての続編となります。

今回は、前記事に書いた釈迦の唱えた自分論についてより詳しく、書いていきたいと思います。

自分の中には本当の自分が居るのか(真我と無我)


自分という存在を明らかにする論理的壮大な旅のスタートは、はるか古代に遡ることを前回も書かせていただきました。

古代のインド哲学ウパニシャッドでは、真我と無我の両方を説いています。

自分の中には本当の自分が居る(アートマン・真我)


アートマンとは自我の内側にある本質
(雲黒斎さんの「スピリチュアル解体新書」より転載)

先ず、その中に出てくるアートマンという存在についてです。

アートマンとは日本語にすると真我(人格の本質)と呼ばれ、内側には自分の本質が潜んでいるという考え方です。

人が愛なる存在であると主張する人たちも、このアートマン信仰者であると言うこともできるでしょう。

例えば、私が時々とりあげているユングによる心の元型論にある『ペルソナ(人に見せている仮面)』と『シャドー(人には見せられない影の人格)』にしても、これらがどちらもアートマンを覆っているものであり、アートマンは更に奥にあると思われています。

ある意味、全ての皮を剥いでしまえば、人は必ず本質たる良質な人格へと辿り着くという性善説的な思想であり、集団動物としての人間だから、その本質は他者貢献だとする主張とも言えます。

しかし、ウパニシャッドでは、これを直接意識的に捉えることはできず、何者であるかは理解できないが、何者でないのかを理解していく先に、見えてくるものであると表現されているそうです。

つまり、捉えることはできないが必ずあるものというように教えていたわけですね。

また、人は自我に覆われており、それの中を見ることができれば、だれであってもダイヤモンドの輝きのような本質に出会えるという考え方でもあります。

筆者もある意味、人はそういうものを持ち合わせていると信じる一人でもあります。

自分の中に本当の自分は居ない(ブラフマン・無我・空)


ブラフマンとは宇宙と自分は同じだとする無我の考え方
次にアートマンとは対をなすブラフマンという存在についてです。

こちらは宇宙の真理と人間は同じものであるという思想であり、自分の中を探していくと、結局は何もないということがわかってくるという思想です。

こちらは理解が進めば進むほどこだわりや執着を排除することができ、生きるのが楽になるという側面があると同時に、ニヒリズムが強くなり、情熱を失っていくというリスクもあります。

東洋思想やスピリチュアリストの行き着く先がここに至ることもあり、この解釈を突き詰めることで、まるで仙人のようになれたりしますが、人間なのかどうかわからない領域にまで行ってしまう、何とも言えない思想でもあります。

現代の科学もこれに似た真理にたどり着いており、物質を最小単位にまで分解していくと、結局は何も存在しないという不思議な真理とも言えます。

玄奘三蔵は般若心経を書き色即是空を説いた
中国からインドに渡り、パーリ語の仏典を翻訳した玄奘三蔵という中国の高僧は、仏典の全般を般若心経というお経にまとめました。

西遊記のモデルになった人であり、日本でも夏目雅子さんが演じていたのが懐かしいですね。

般若心経には色即是空という概念が語られ、色(認識)は全て空(実際には何もない)なのだと書かれています。

釈迦は私たちの認識は全て妄想であり、苦悩の解決とは、妄想の解除だとされたのも、この解釈を元にするとよくわかる気がします。

梵我一如(真実は真我と無我の両面)


人はアートマンとブラフマン両方を併せ持つ存在
このどちらもが真実なのではないかという、梵我一如という考え方もあります。

この考え方は、真我を突き詰めていくと無に突き当たるし、無我(全宇宙)の真理について考えていくと一個の人間とも同じだという考え方で、どちらも見方の違いであり、同じものだという主張です。

こういった釈迦の思想も、科学の勃興が始まる中性から近代への移り変わりの頃には、もう少し現実味を帯びた考え方となってきます。

自分の探求と近代への思想変化


次回記事では、近代科学の基礎を築いたデカルトという科学者が、自分という存在をどう捉えたのか、コギトという特有の概念によってご紹介させていただきます。

この考え方を知ると、人はアートマンでもブラフマンでもある梵我一如なのだと、理解できるのではないかと思います。

この話題は、まだまだ解剖学、心理学、脳科学と続いていきます。

自分という存在を知る論理の旅、もうしばらくお付き合い下さい。




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